名古屋地方裁判所 昭和50年(ワ)1410号 判決 1979年5月16日
原告
加藤昭二
被告
宮脇木材株式会社
主文
一 被告は、原告に対し、金八九万八七一一円及びこれに対する昭和四九年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金二六四万七、九二六円及びこれに対する昭和四九年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告は、昭和四九年一月二二日午後六時三五分ころ、名古屋市熱田区花表町一丁目一九番地の被告の工場前道路を自転車に乗つて西進していたところ、暗闇の道路中央付近に放置された角材(幅約一〇センチメートル角、長さ約四〇センチメートル)に激突して転倒し、受傷した。
2 責任原因
公共道路は、人や車両の通行に供する場所であるから、その上に通行の妨害になる物を置いた者は、これをすみやかに撤去すべき注意義務があるのに、被告の代表者又は従業員は、被告の業務中に、前記1の角材を、貨物自動車の歯止め又は材木を積む際の台木に使用しながら、右注意義務を怠り、本件事故現場の道路中央付近にこれを放置した過失により、本件事故を発生させた。
3 受傷、治療経過等
(一) 受傷
原告は、本件事故により、頭部、顔面、右手関節各挫創兼頸部挫創、脳震とう症の傷害を受け、脳波に異常を来すとともに、頭痛、頭重感、肩こり、頸部痛、手のしびれ、嘔気等の症状に悩まされるようになつた。
(二) 治療経過
牛巻病院における通院治療
昭和四九年一月二二日から同年二月二日まで
前津神経科診療所における通院治療
昭和四九年二月五日から昭和五〇年五月三一日まで
4 損害
(一) 治療費 計金六九万六、八八二円
(1) 牛巻病院分 金四、一三二円
(2) 前津神経科診療所分 金六九万二、七五〇円
(二) 通院交通費 金三万三、二〇〇円
前津神経科診療所への通院一日につき金二〇〇円の割合による実日数一六六日分
(三) 逸失利益 金一一二万七、八四四円
原告は、「八千代」という商号で寿司屋を営み、昭和四八年度には年間金一一六万二、九四五円の収入を得ていたので、これを三六五で除して一日当りの収入を求めると金三、一八六円となるが、本件事故により就業することができなくなり、実通院日数一七七日の二倍の三五四日分の収入金一一二万七、八四四円の収入を失つた。
(四) 慰藉料 金八〇万円
5 損害の填補
原告は、被告から金一万円の支払を受けたので、これを損害から控除する。
6 よつて、原告は、被告に対し、本件事故による損害金金二六四万七、九二〇円とこれに対する本件事故の日ののちである昭和四九年一月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち原告が角材に衝突したことは否認する。
原告が転倒したとしても、それは、原告が無灯火、片手運転で、かつ、勢いよく自転車を走行させたことに起因する可能性が大きい。同1のその余の事実は知らない。
2 同2の事実は否認する。被告代表者又はその従業員が被告所有の角材等材木を路上に放置したことはない。また、本件事故があつたとしても、もつぱら原告に過失があつたため起きた可能性が大きい。
3 同3及び同4の各事実は知らない。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
成立に争いのない甲第三号証の一、第四号証の一、原告本人尋問の結果及び検証の結果によれば、次の事実を認めることができる。
1 本件事故は、昭和四九年一月二二日午後六時三〇分ころ、名古屋市熱田区花表町一丁目一九番地先路上において発生した。現場は、幅員約五・五メートルの歩車道の区別のない東西に延びる道路上で、その路面は、アスフアルト舗装されており、後記の被告の作業場のあたりまで、東側から西に向つて下り坂となつていたが、その勾配は、水平距離約九・四メートルに対し約〇・九三メートル下るほどで、相当急な坂道となつていた。現場道路の北側に接して被告の営業所の建物があり、その建物の西側部分は作業場となつており、また、現場南側は名古屋市の所有する空地となつていた。現場付近には、事故当時、街路灯が設置されていなかつたため、付近一帯は暗かつた。
2 原告は、自転車に搭乗し、事故現場のすぐ東側にある交差点で右折し、右東西道路に進入した。原告の進路路面上数メートル先の中央部分付近に、数十センチメートルの長さで、いわゆる三寸角程度の角材の切れ端が放置されていたが、原告はこれに全く気づかずに進行を続け、自車を右角材に衝突させた。下り坂で自転車の速度が加わつていたこともあつて、原告は、路面に投げ出されて頭部を打ち、負傷した。
以上の事実を認めることができ、成立に争いのない甲第二号証の記載があるからといつて右認定を左右することはできず、他に右認定に反する証拠はない。
二 事故の原因
1 成立に争いのない甲第一号証の一、二、証人宮脇洋子、同代田雅也の各証言、原告本人、被告代表者の各尋問の結果及び検証の結果(但し、証人宮脇洋子の証言及び被告代表者の尋問の結果中後記採用しない部分を除く。)に前記一における認定事実を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被告は、建物の新築及び木材の加工販売を業とする株式会社であり、事故当時、本件現場道路の北側に面する被告営業所の作業場において木材の加工作業が営まれていたが、右作業場の入口と前記一の2に記載の角材の切れ端が事故当時放置されていた場所とは、たかだか数メートルしか離れていなかつた。
(二) 被告は、事故当時数台のトラツクを有しており、それらを用いて被告の営業に使用する材木が右作業場へ運び入れられ、また作業場から運び出されていた。材木のトラツクへの上げ下ろしの作業は、前記東西道路と本件事故現場の東側で交差する南北道路上にトラツクを駐車させ、フオークリフトを作業場と右のトラツクとの間を往来させて行われることが多かつたが、時には、右東西道路上にトラツクを停止させて、人力によつて直接上げ下ろし作業が行われることもあつた。
(三) 右東西道路は、被告営業所に接する付近では勾配がほぼ一〇分の一も達する急な坂道で、トラツク等自動車をその路上に安全に駐車しておくためには、輪止めを必要とするほどであつた。
(四) 被告の右営業所においては、営業所建物前の右東西道路北端に、加工ずみの材木を数段にわたつて積み置きすることがたびたびあり、本件事故当時も、前記の角材の切れ端が放置された場所のま近に、長さ数メートル、幅数十センチメートルにわたつて、材木が積み上げられていた。被告の従業員らは、右のように材木を積み置く際、いわゆる三寸角ないし三・五寸角で右の積み上げられた材木の幅に見合う長さの木の切れ端を作業場から持つてきて、右の材木と地表との間及び材木の段の間にはさみこんで、台木などにして使用していた。
(五) 原告は、本件事故当日の夕刻、病院へ行つたのち、被告代表者宮脇正夫方を訪ね、その妻宮脇洋子に対し、自転車に乗つて木ぎれにぶつかつてけがをしたが、その木ぎれは被告のものだから、現場を見てくれ、との申し入れをした。そこで、洋子は、本件現場へ出て、前記一の2に記載の角材の切れ端を確認した。洋子は、正夫の妻として被告の諸事情に通じていたが、その後、同月二三日又は二四日ころ、宮脇正夫方で使用されていた卓上式日記帳の同月二三日分の紙片に、「誠にすみませんでした。小額ですが御納め下さい。宮脇」と記入したうえ、原告が営む寿司店から出前配達にによつて取り寄せた寿司の容器を返却する際、右容器中に右紙片と現金一万円を入れて原告に渡した。
(六) 被告の右作業場から本件現場道路上に木くず等が出ることがあつたので、被告代表者、従業員らは、火災防止、危険防止のため一日の作業が終了する時に、付近路上を掃くとともに、材木等が路上に放置されていないか見回りを行うのが常であつたが、本件事故当日は、右見回りが行われなかつた。
以上の事実を認めることができ、被告代表者の尋問の結果中、被告所有のトラツクを本件事故現場である東西道路上に停車させることはなかつたとの部分は証人代田雅也の証言に比べて採用することができず、証人宮脇洋子の証言中、右(五)の紙片に記入をした日にちは、事故当日であつたとの部分は前記甲第一号証の二に表われた日付、同証人自身の証言の他の部分及び原告本人尋問の結果と比べて採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 右1における認定事実によれば、本件事故現場に直近の被告の作業場においては材木の加工を扱つており、本件事故の原因となつた角材の切れ端と同形態の木切れが右作業場において容易に生じえたこと、被告代表者及び従業員らが、トラツクの輪止めをする際や材木を道端に積み上げる際等に、右のような木切れを本件事故現場の路上において使用する機会があつたこと、被告の諸事情に通じている被告代表者の妻が本件事故後右角材の切れ端を見たうえで、原告に対し謝罪の意を表わして金員を交付していること、被告の代表者、従業員らは、事故当日路上見回りをしていないことが明らかにされており、以上によれば、本件事故の原因となつた角材の切れ端は、どのような経過でこれが路上に出されたかの詳細な点は本件の証拠上確定しえないとはいえ、被告の業務の遂行過程で事故現場道路上に搬出使用されながら、当日被告代表者、従業員らが路上見回りを怠つたことから現場路上に放置されて、本件事故に至つたものと推認される。
3 もつとも、
(一) 証人宮脇洋子、同代田雅也の各証言及び被告代表者の本人尋問の結果によれば、本件事故現場南側の前記名古屋市有の空地は、事故当時、中陣木工なる付近の木工業者によつて無断使用され、ピアノ製造用木板の乾燥場所として使われており、その関係で材木、木切れ等が右空地上にもあつたことが認められる。
(二) また、(1)証人宮脇洋子の証言及び被告代表者の尋問の結果中には、洋子と正夫は、本件事故の翌日、事故の原因となつた角材の切れ端をあらためて見直したが、色が黒くなつており長さが三〇センチメートル程度しかないため、被告方に関係のある木切れではないと判断したとの供述部分があり、(2)証人宮脇洋子、同代田雅也の証言及び被告代表者の尋問の結果中には、被告の営業所では、現場道路の路上においてトラツクの輪止めに木切れを使用することはなく、また、右路上に材木を積み置く際に台木等として使う木の切れ端は、おおむね一メートルほどの長さで、短いものは使用しないとの供述部分があり、(3)証人宮脇洋子の証言中には、洋子が前記1の(五)のとおり原告に対し紙片と現金を与えた理由は、従前から寿司の出前配達を頼むなどして、知らぬ仲でない原告がけがをしたので、気の毒にと思つて見舞のためにしたことであつて、被告に事故の責任があると考えたからではないとの供述部分がある。
4 しかしながら、次のとおり、右3の(二)の各供述部分は採用できず、右3の(一)の事実によつては右2の推認を左右することはできない。
すなわち、
(一) 前記1の(五)において認定した紙片の記載内容、洋子から原告に交付された金額に照らすと、寿司屋の主人と顧客という原告と正夫との関係を考慮に入れてもとうてい右3の(二)の(3)の供述部分は採用できない。
(二) また、前記1において検討したとおり、被告代表者の尋問の結果中、被告所有のトラツクが本件現場道路に停車することはないとの部分は、証人代田雅也の証言とくい違つていて採用できないところ、同証人も、トラツクの輪止めはめんどうであつたので、被告関係者の中でいちいちそのようなことをする者はなかつたと証言するが、前記一の(三)において認定したところ比べると右証言は不自然である。また、被告代表者の尋問の結果によれば、被告の営業所で本件現場付近路上に積み上げる材木の台木等として長いものとともに三、四十センチメートルの短い木切れを併用することもあつたこと、右の台木用の木切れの長さは積み上げられた材木の山の幅程度であることが認められるところ、検証における被告代表者の指示によつても、事故当時積み上げられた材木の山の幅は約五八センチメートル程度であつたことが明らかにされている。これらの点と、証人宮脇洋子及び被告代表者も、事故当日事故が起きてから、原告が、宮脇正夫方を訪れ、被告の車の輪止めが事故の原因だと申し入れたのに対し、正夫らも翌朝従業員らに尋ねてみると答え、即座に否定しなかつたことを自認していることとを総合すれば、右3の(二)の(2)の供述部分は採用できない。
(三) さらに、宮脇洋子が、本件事故の翌日である昭和四九年一月二三日又はさらにその翌日の同月二四日ころ、原告に対し、本件事故について自分方に責任のあることを自認して謝罪する文章を書いて紙片と現金を渡したことは、前記1の(五)において認定したとおりであるが、この認定事実に対比すると、右3の(二)の(1)の供述部分は採用しえない。また、被告の内部における洋子の地位を考えれば、洋子は右3の(一)の事実を熟知しながら、あえて右に認定した行為に出たものと推認されるから、右3の(一)の事実があることから右2における推認を覆すことはむずかしい。
5 ところで、道路は、一般交通の用に供されるものであるから、何人も交通の妨害となるような方法で物件をみだりに道路に置いてはならない(道路交通法七六条三項)のであるから、交通の妨害となる物件を道路に置いたものは、すみやかにこれを撤去すべき義務があると考えられる。
2において推認した事実によれば、本件事故の原因となつた角材の切れ端は、被告の業務の遂行過程で現場道路上に置かれたのであるから、被告代表者、従業員において、これをすみやかに撤去すべきであつたのに、これを怠つたため、本件事故が発生したものと認められる。したがつて、被告は、民法四四条一項、七一五条一項により、本件事故による損害を賠償すべき義務がある。
6 しかしながら、前記一において認定した本件事故の態様前記甲第四号証の一に表われた原告の受傷の程度等に照らすと、原告は相当の速さで、かつ、不安定な走行状態で角材の切れ端に衝突したこと、現場は夜間で暗かつたとは言え、右角材は、かなり大きなものであるから、前照灯を点灯して前方を注視していさえすれば、容易にこれを見つけることのできたはずのものであることを認めることができるから、原告は、夜間相当の速さで自転車を疾走させながら、前照灯を点灯していなかつたか、又は前照灯をともしていたとしても著しく前方注視を欠いており、しかも、片手運転又はこれに類するかなり不安定なかつこうで走行していたものと推認することができる。原告本人尋問の結果中右推認に反する部分は、前記一の認定事実と対比して採用できない。
右認定事実によれば、本件の事故の発生について原告にも相当大きな過失があつたということができる。前記認定の被告側の過失の内容及び程度等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の五割を減ずるのが相当と認められる。
三 受傷、治療経過等
1 受傷
成立に争いのない甲第三号証の一、二、第四号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故の結果、頭部顔面左手関節挫創兼頸部挫傷、脳しんとう症の傷害を受けたことが認められる。
2 治療経過
前記甲第三号証の一、二、第四号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、右傷害の治療のため、昭和四九年一月二二日から同年二月二日までのうち実日数一一日間牛巻病院に通院して治療を受け、同年二月五日から昭和五〇年五月三一日までのうち実日数一六六日間前津神経科診療所に通院して治療を受けたことが認められる。
四 損害
1 治療費 金六九万六、八八二円
前記甲第三号証の二、第四号証の二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、治療費として、牛巻病院において金四、一三二円、前津神経科診療所において金六九万二、七五〇円合計金六九万六、八八二円を支出したことが認められる。
2 通院交通費 金三万三、二〇〇円
原告本人尋問の結果と経験則によれば、原告は前津神経科診療所への通院日数一六六日につき一日金二〇〇円の割合による合計金三万三、二〇〇円の通院交通費を要したことが認められる。
3 逸失利益 金三九万七、三四〇円
原告本人尋問の結果真正な成立を認めうる甲第五、第六号証と同尋問の結果によれば、原告は、寿司店を営業して、昭和四八年度には年間金一一六万二、九四九円の所得を得ていたこと、原告は、本件事故の結果、前記三の2の治療期間中、最初の約三か月は五割程度の、その後の約一三か月は二割程度の休業を余儀なくされたことが認められる。右によれば、原告の休業による逸失利益は次式のとおり合計金三九万七、三四〇円となる。
116万2,949円÷12×(3×0.5+13×0.2)=39万7,340円
4 過失相殺
右1ないし3の合計額は金一一二万七、四二二円であるので、これに前記二の6における割合による過失相殺を施すと金五六万三、七一一円となる。
5 慰藉料 金三四万五、〇〇〇円
前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過その他諸般の事情に前記原告の過失の内容程度を考えあわせると原告の慰藉料額は金三四万五、〇〇〇円とするのが相当である。
五 損害の填補
前記四の4及び5の合計額は金九〇万八、七一一円であるが、原告が被告から金一万円の支払を受けたことは原告において自認するところであるから、これを右合計額から控除すると残損害は金八九万八、七一一円となる。
六 結論
以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、金八九万八、七一一円の本件事故による損害金とこれに対する本件事故の日ののちである昭和四九年一月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 成田喜達)